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それぞれに活躍できる分野が違う

「ガラスはいくら磨いてもガラスだ」などと言う人がいます。でも、ガラスのままで何が不足なのでしょう。不満を感じるのは、それをダイヤモンドとして使おうとするからです。それはしょせん、使う側の都合です。それを言うなら、ダイヤモンドだってガラスになれないはずです。もともと目的や用途が違うのです。どちらがすぐれた素材だとか、どちらがつまらない素材だとかいう問題はありません。ましてや、人間の能力や価値や「出来のよさ」に生来の差があると考えるのは、とんでもない間違いです。能力の向きが違うだけなのです。それを活かすのは「心のあり方」です。人間にはいろいろな才能があって、それぞれに活躍できる分野が違うのです。それぞれの分野で生きることにこそ、人生の意義があるのではないでしょうか。幸い今の社会は、それができるしくみになっています。むかしはたしかに職業によって貴賤があると考える人も多かったのですが、今は違います。今の社会のいちばんよいところは、どんな職業についても、まじめに努力してきちんと成果をあげれば、世の中の人が正当に評価してくれるということです。社会がそれだけ進歩したのです。私たちは、そうした現代のよさというものを認識しなければいけません。人間のもっている容量には大きな差はありません。でも、だれにでも得手不得手はあります。得意な分野で生きていれば、持っている力を発揮して人にも評価され、自分でも楽しんで生きられるのに、進路の選択を誤ったばかりに悶々とした生活を送らなければならないとしたら、これほど不幸なことはありません。