梅子のように、まさに臨界期に英語漬けになるとどうなるか。当然ながら、今度は英語が母語となる。最近の脳科学の研究によれば、生後一年ですでに基本的な母音識別の枠組みができ上がってしまうらしいが(酒井邦嘉『言語の脳科学』中公新書、二〇〇二年を参照のこと)、語彙や文法を含んだ総合的な母語の枠組みということで言えば、やはり臨界期における言語状況が決定的な要因になると思われる。イギリス人作家カズオーイシダロのように、五歳のときにイギリスに移住し、両親共に日本語を話す日本人でありながら、日本語がまったく話せない英語話者になってしまった例もある。津田梅子の場合、一八七二年の一〇月、すなわち渡米の一年後、ラソメソ夫妻の家から半年あまりで、すでに日本語と英語が逆転してしまったと思われる。このとき、梅子は父親宛にはじめて英文の手紙を出すのだが、おそらくそれは英語の上達を自慢するためのものではなかったろう。その文面は左ページのようなものである。言葉の臨界期に関する研究などまったくなされていない時代の話、津田仙は、梅子が日本語を忘れ去ることを完全に了解した上で彼女を留学させたわけではあるまい。神田乃武の養父・孝平は、帰国した乃武に英語で挨拶をされて閉口したというが、仙はどのような気持ちでこの手紙を読んだのだろうか。
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