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信頼性と適切性を求める

私は、どちらの裁判においてもその証言が専門家証言の信頼性と適切性を求める最高裁判所の要求を明確には満たしていない、と思う。それよりはるかに分かりにくいのは、最高裁判所自身が、1993年にドーバート訴訟で〈信頼に足る科学〉について洞察力のある分析を行った後に、ダウ・コーニングによる最高裁判所への申し立てに対し、1995年に、ホプキンズ判決を有効とし、控訴裁判所の判決を確定したという事実だけここで述べられていることがよく分からなくても、読者のせいではないし、私のせいでもない。判決がそれぞれ食い違うということは、裁判ではどういう種類の科学的証拠が容認されるべきかについて絶えず混乱があることを示している。最高裁判所のドーバートの判断はそれほど役に立ったとは思えない。少なくともこれまではそうだ。これまで述べたように、法廷における科学的証言は、科学的証拠にかろうじて関係している程度だ。もちろん、法廷内の科学と法廷外の科学の間の類似性を示す表面上の形態はある。専門家証人は白い上着を着て医師と呼ばれ、研究者と自称し、科学的専門用語を使うかもしれない。しかしたいていは、初めから決まっている私利私欲に走った結論に、うわべの飾りを単に付け加えるだけだ。彼らは時として自分の専門性とか経験によって裏付けられたと称する理論を延々と語る。あるいは研究のことに曖昧に触れるかもしれない。しかしながら、研究は彼ら自身のものにとどまり、発表されることもないし、利用もできないことが多い。忘れてはいけないことは、彼らは証拠の提出を要求されないことだ。そして通常それを提出しない。その結果、科学的事実と法廷で科学として通用するものの間にますます溝が生じる。最高裁判所の〈ドーバート判決〉は、その状況を改善する勇気ある一歩だった。しかし十分ではなかった。第10章で他の解決策を論じる。
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