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世界中の街角

世界中の街角では、スプレー缶を持った活動家が毛皮愛用者に赤ペンキをお見舞いしていた。実際に襲撃された人の数は正確にはわからないが、のちのちまで語り草になりそうな嫌がらせが数多く起こったのは確かである。八〇年代の子どもたちは、毛皮を着ていればスプレー缶で攻撃されるのが当たり前だと信じて育ったくらいだ。また、毛皮獣がガス室送りになったり、水攻めされたり、殴打されたり、肛門から電気ショックをかけられたりする様子を描いた、身の毛もよだつような毛皮反対文書も出回った。よほどサディスティックな人間でない限り、ひいてしまったものである。「ミーイズムの一〇年」が終わると、派手な消費に厳しい目が向けられるようになり、それに伴って、毛皮は八〇年代の過ちすべてを象徴する存在となる。残酷さと結び付けて考えられるようになっただけでなく、当時の醜い貪欲さとわがままのシンボルにもなったわけだ。気がつけば、贅沢は突如恐ろしく古くさいものになっていた。世はネルーシャツとアーミー風カーゴ・パンツに体現されるグランジ時代に入り、毛皮抜きでファッションが成り立つようになったのである。人々は、暖かいという明白な事実は脇において、毛皮を純粋に贅沢品とみなし始めていた。手に入る繊維なら他にいくらでもあるし、クロゼットには服がありあまっている。そんなわけで、ワードローブに毛皮を加える必要は全くなくなった。